断捨離をすべき理由!!それは時間が有限であるということ

先週から今週のかけての3連休、台風のせいでどこにもいけなかったので、家に籠ってまた断捨離をしていました。

 

断捨離は何度もやっているので、もはやいらない物はすべて捨て去ったと思っていましたが、片付けをしたらどんどんでてきます。

 

どんだけ要ら無いものがあるのだよと、セルフ突っ込みまでする始末。

でもこれって仕方が無いことかもしれません。

 

年齢を経るごとにいるものといらないものは変わる

 

当然ですが人が置かれている立場や年齢によって、自分に必要なものや不要なものは変わっていきます。

 

例えば小さいころは絵本やサッカーボールは私にとって必要なものでしたが、40代を超えた今では不要なものとなっています。

 

また資格試験を受験する際必須なものである資格試験の過去問集は、試験に合格し、実地を学んだ今となっては要りません。

 

このように必要なもの不要なものは日々変わっていきます。

 

過去問集に関しては知識を忘れた時に再びインプットするために使えると良い訳する人いますけど、資格取ったら二度と過去問集なんて見ませんから。

 

ものに接することができる時間は限られる

 

たとえ不要なものとなっても、思い出が消える訳ではありません。

 

だから不要になってもなかなか捨てられないのです。

 

でも考えてみましょう。

思い出の品を取っておいても、それにあと何回接することができるのでしょうか?

 

人生80年といいますけど、アラフォー世代である我々は丁度人生の半分を使い果たし、残っている時間はあと40年余りです。

 

 

その40年という限られた時間で思い出の品となったものと、どれだけ触れ合ったりできるのでしょう。

 

余程のことが無い限り、片手で数えるくらいしかないと思います。

そんなものをそのまま残しておいてどれほど意味があるでしょう?

 

 

まあこれはちょっと極端なもの言いですけど、実際思っているほど思い出の品を引っ張り出して見たり触ったりすることは無いのです。

 

それなら思い出の品をデジカメで撮ってそのデータだけ残せば問題無いはず

 

電子データなら部屋を圧迫することはありませんし、何時まで経っても劣化することはありません。

思い出の品をそのまま取っておくなら、こんなうまい手はないと思います。

終わりに

 

人生は有限であり、その有限である時間は大事に使うべきだと思います。

 

思い出の品は確かに大事なものですけど、その大事なものが部屋を占拠して必要なものを探す時に無駄な時間を掛けさせる原因となっているのなら、思いきって断捨離するべきだと思います。